Hello, Simara!  ハロー、シマラ!

 

日本人から見たフィリピンという「国」としてのイメージと、セブ島といった「観光地」としてのイメージは、ずいぶん違うことに気づくことでしょう。そして、さらには自生ランとしての「バンダ属が育つ地」としてのイメージとなると、さらにまた違ったイメージを持たれることでしょう。

 

今回はシマラという教会の生誕地としての物語からセブという土地に根強く残る「洗礼の地」と「植物」との関係を記したいと思います。

また、シマラの歴史を紐解くと、自然と人々の営みがある物語として交差するところがあって、今となってはとても面白いです。

 

現在、シマラ教会のあるこの土地は、朝夕の寒暖の差が大きくて、岩がむき出しの荒れ地でした。したがって食物を育てることも難しく、この地を訪れたカトリックの宣教師たちも布教するには大変な場所でした。

しかし、この土地には昔から1つの予言がありました。それは、「この土地に1人の白人女性が現れ、いつか聖地として治めるだろう。」という予言でした。ですのでこの地は予言者の名前として知られていました。宣教師たちも、その予言を信じていたのでしょうか。この地を訪れた1人のカトリック神父マルティンが布教に力を入れることになったのです。

ある年、不安定な気候の影響によって、疫病が広まり、この地に住んでいる子供たちを次々に死へと追いやります。これは何かわたしたちがよからぬことをしてるのではないかという不安をこの地の人々は持ち、懺悔することになります。

宣教師たちもこのような状況でも、変わりなく慎ましい生活を続けていました。しかし、ついに動き出します。

彼は、この地に植樹することを決めます。すると、驚くべきはやさで樹々は成長し、花を咲かせます。この香りを嗅いだ疫病を起こす虫たちはいなくなります。そして、この地は緑の豊かな土地となっていきます。

これを機にマルティンはこの地に教会を建てます。そして、この地は「白人女性が奇跡を起こす聖地」として知らることになります。

現在では、「聖母マリア」という名で世界中に知られるようになりました。

 

いかがでしょう。一つ一つの言葉には隠れた意味がいくつもいくつも込められています。そして幾つものレトリックを奏でます。これらの部分は私たちの想像力によってよりリアル感を持つことでしょう。

 

ランに対するイメージには、このような「土地の再生」といった「復活のイメージ」はありません。しかし、切り花を中心とする女性経営者たちがランのイメージを膨らませ、人々の関心をさらに集めていくキーパーソンになることは間違えないでしょう。

 

https://web.facebook.com/chim.hiro

*******************

 

*ブログランキングにご協力ください。*

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です